2010/06/07

2007年-北国初夏の旅(追想:後編)

『最終に道北-帰還までの旅です。
<9日目>2007/7/19(Thu)
北海道の道のりも終盤になり、この日当麻から話題の「旭山動物園」を経由して、サロマ湖へ向かう。
当麻を出発して、旭山動物園へは直ぐに到着、9:30-13:30 までゆっくりと見て廻ることになっている、9:30この段階で、入園券購入の行列ができていた、流石に有名になった動物園だけに人気である。子供連れが圧倒的に多いが大人のグループがかなりいるところからここの集客年齢層はかなり広い帯域をカバーしてと感じた。園内の展示はTVでも既に紹介が多いので省略、モットーは十分に周知されている、「動物の性質に則した行動展示式」。どの飼育舎も工夫されているので、動物達もリラックスしているように見える、実際リラックスし大抵の肉食系大型哺乳類は、暑さも相まって伸びていた。この動物園では、檻という言葉があまりしっくりこない。確かにゲージはある、ゲージ越に眺めて廻るという典型的な動物園の部分もあるが、人間の導線も三次元含めて立体的に飼育舎と絡めてある所が、他の動物園と違う最大のポイントだと思った。最近の水族館ではこの方式が多い、大阪海遊館、沖縄美ら海水族館、一つの水槽を色々な方向から上下して観れる。モデルが似ている。もう一つは、地元の傷ついた鳥達を保護しその状態のままでも敢えて公開している。なるほどと納得しながら一順した。大きな展示舎がやはり注目を浴びているが、一番気に入ったのは、北海道のフクロウ類のかわいらしい表情であった。
旭山動物園の自動販売機で販売されているお茶はメーカーとタイアップしてラベルに動物園のロゴが入っている、中身は市販品と同じだが、「旭山動物園限定品」である。
旭川からサロマ湖までは一路東へ殆ど道なりに4時間程掛かった。サロマ湖での宿泊先は、「サロマ湖鶴雅リゾート」ここはサロマ湖の東端に位置した高級そうなホテルである。室内に単眼鏡が置かれている。サロマ湖にやってくる野鳥を観る為に置かれたものだろう、日も沈みかけ鷺や鷹などが観察できる。サロマ湖の西対岸に沈んで行く夕日は、その場を離れたく無くする程の魅力がある。日没までシャッターを押し続けた。ここは、サロマ湖自体にも接しており夜の照明は、湖の砂地に松明が炊かれる。食事を終え、その炎は22時には消された。するとオホーツク海の水平線いっぱいに、満点の星が現れる。夜中3時頃に起きて、長時間露光で星空を撮影してみた、同心円上に星が弧を刻む、天文雑誌のようである。
サロマ湖の近辺は、高山植物に類する寒冷地でしか観れない植物の宝庫でもある、前日に早朝のサロマ湖をガイドしてくれる「ワッカネイチャー」というツアーを申し込んでいたので、朝食前にガイドに付いて自然保護区域へ入る。ここは自由に出入りできる区域ではないらしく、策で他のエリアと仕切られていた。サロマ湖自体が今は海と繋がっているが、昔は、海と湖を細い陸地が隔てていた。その細い地区だけに保護もしやすいのだと思う。植物の名前や性質などガイドが説明してくれたが、残念ながらもう思い出せない。小さな花々は画像データとなって記録されてるので、時間があれば調べてみようと思いながら、3年間放置している、勿体ない。そんな中の一枚の写真データ「鷹」の画像が、今の私のアイコンになっている。
走行距離189km 平均燃費29.6km/L
<10日目>2007/7/20(Fri)
 サロマ湖から一気に小樽へ移動する。稚内や釧路へも行って見たかったが、時間と資金が不足していた。小樽では、カミさん意向でガラス細工を調達することになっている。高速道路を使えば、想定していた時間より速めに到着した。小樽には、寿司屋なのに鶏の唐揚げが有名な「なると」という寿司屋がある。依然TVで見た事があったので、昼食に食べてみる事にした。唐揚げと行っても、鶏半身を丸揚げにしたものに巻き寿司のセットで出てくる。「デカ!」だがとても美味しくアッと言う間に胃袋に収まった、軟骨一つ残さずすべて頂きました。カミさんがガラス細工を物色している間、昨日の夜更かしと早朝ツアーから睡眠が足りていないので、宿泊先のベットに横になった。多分、起こされて、寝ぼけたまま夕飯に行った様なのだが疲れが溜まって居たらしい。画像データも無い、自宅用に小樽ワインが増えているが記憶が薄い、記憶自体がVTRをカットされた様に「無い」とも言える。小樽は最長の休憩地点となった。
走行距離361km 平均燃費24.2km/L
<11日目>2007/7/21(Sat)
 小樽から函館に戻る。天気も回復しているので、函館山にのぼり函館山からの日没と夜景を観る予定である。たっぷり充電したので、快調に南下し宿泊先にチェックインする。市内の中心部なので、函館山行きのバスで移動した。宿の人の話しでは、週末に自家用車で行くと大変な渋滞に合うらしい。駐車場に入れずUターンという結果もあるとの事なので、バスを使う方が良い。出発した時間が少し遅かったので日没前には間に合わなかったが、宵の街明かりから夜景へ変わる丁度良い時間に到着した。しかし到着した時点では、雲がかかりぼんやりとしか有名な夜景はみれない。ここは粘り強く待つしかないと決めた。しかし凄い人の数である、展望デッキは満員電車のようだ。諦めて帰る人、続々と上ってくる人が入れ替わり、徐々に展望デッキの先端に押されて行く、30分程待った時、雲が晴れ始めた。どよめきが起る「ワァー」、宝石箱のような函館の街が浮かび上がる。函館湾側にはナイトクルーズ船と思われる飾りの付いた船舶がゆっくりと移動している。函館空港側には、沢山の漁り火が見える、イカ釣り漁船のようだ、強烈な光が海の上に整然と並んでいる。日本三大夜景の2つ目を制覇した。
走行距離246km 平均燃費30.0km/L
<12日目>2007/7/22(Sun)
北海道とは今日でお別れである、この日は曇り少し夜の間に小雨が降ったようだ、市場の道が濡れている。函館の朝市で北海道最後の海鮮丼を朝食にして、函館港へ向かう。乗船する船は、来た時と同じ「ばにあ号」だった。乗船も2度目ともなれば手順も解ってスムーズである。9:30に出航し北海道を後にする。昨日上った函館山を背に青森港まで約4時間、この航海時は少し揺れがあった。カミさんは出航して間もなく船酔いになったらしい、殆ど動かなくなった。少し到着が遅れ13:45到着。青森に到着すると天気も良くなり、時折晴れ間も見える。さあこれから埼玉の自宅まで、ガソリンを満タンにして、東北自動車道を一気に南下する。東北自動車道は、青森-岩手間に少し秋田を通る。ここに一つだけPAがあり、一回目の休憩。比内地鶏のラーメンで遅めの昼食をとり岩手、宮城のSAの計3回の休憩を入れることになっている。走行距離を最も長く感じたのは福島県であった。ここでも休憩を入れれば良かったのかもしれない。この時、この車で一日に走行した最長記録は、未だに破られていない。埼玉の自宅に到着したのは、22時を少し過ぎた頃であった。事故もなく無事帰宅できた事に、感謝。旅の全行程が終了した。
走行距離685km 平均燃費23.1km/L

全移動距離3,726km。しかし北海道全域をカバーした訳ではない。飛行機+レンタカーの方が多分安上がりかもしれないが、車とフェリーという旅も味が有ってとても良いものであった。特に北海道という広大な大地では、自分の車で移動できる事で得られる自由度や開放感は、何者にも代え難い所がある。リタイヤした人が良くキャンピングカーを購入する話しを聞くが何となく分かるような気がする。この旅では北海道を十の字に廻ったが機会があればソーラーカーの旅の様に外周というのも有りかも知れない。』

以上、2007年の北国初夏の旅、追想でした。

2010/06/06

2007年-北国初夏の旅(追想:中編)

『旅の中盤、道南、道央の旅の記録
<5日目>2007/7/15(Sun)
昨日と同じホテルで同じく集合し、札幌をハブとしたドライブ旅行2日目。40歳を越えると旅につきものとなのは、「温泉」と相場が決まっている。この日は登別温泉へ日帰りで行く事になった。
札幌から南下し支笏湖湖を眺めながら登別へ向かう、山中の舗装道路は非常に道もよく日曜日なのに車も少ない。途中苫小牧から高速道に乗り換え登別までは一直線に行く事ができる。
カーナビの力は偉大である、到着予定時間もルートのほぼ正確に案内してくれる、前日にGAZOO.comでポイント設定しておけば、携帯からナビに走行計画を取り込める機能は、この旅には必須の機能となっていた。
登別温泉は、大湯沼という所を中心にした露出温泉の源泉をみる事が出来る。源泉地は、その山肌から湯気が立ち上り回りの緑深い木々を一部剥がした採掘現場のようにも見るが、漂う硫黄の匂いとむき出しの大地からボコボコと沸き上がる白濁した温水が自然の産物であるという事を主張している。公園になっている源泉地は、山々に囲まれた谷にあり、山中の遊歩道にまで上らなければ、1時間程でひと通り見る事ができる。何処にでもある事だが景勝地に硬貨を置いていく人がいる、そして硬貨は定期的に回収され施設の運営費に廻っていたりするものである、しかしここではそれは出来ない様子だ。全ての金属類は、温泉成分と反応し、真っ黒になっている。長期間置かれたらしいその物には、枝珊瑚のような部分白い突起が無数に出ている。
近くのホテルは、日帰り入浴が可能で、しばし温泉休憩タイムとなった、登別温泉はその源泉にも幾つかの異なった泉質があるらしく、硫黄泉、重曹泉、単純泉と湯船に書かれてる。自宅埼玉にも天然温泉はあるが大抵は、地下深く掘削して加温した食塩泉だが、ここはやはり昔ながらの温泉地だけあってかなり楽しめる。泉質の違いが比較できるので中々興味深い。
温泉で休憩を取り過ぎたか少し時間が押して来た。本当なら少し天候が良くなって来たので、洞爺湖まで再チャレンジしようかと計画していたが、友人の一人の帰京の飛行機の時間に間に合わなくなる。新千歳へ直行。その後札幌へ帰還し温泉ツアーの一日が終わった。
一人掛けて少し寂しくなったが、札幌の居酒屋で夕食で思わぬ食材に出会った、「八角」という魚である。当時は道内程度しか流通していなかったのか、埼玉ではお目にかかった事が無かった。「北国のフグ」とも言われ姿はチョウザメを小さくした深海魚だが白身で淡白な味わいは確かに似ている。最近では関東地域でも入手できる、一年程前に再会したので、丸ままで買って裁いてみたが半端なくこれが難しい、お勧めは店舗で三枚まで下ろしてもらった方がいい逸品である。
走行距離250km 平均燃費20.6km/L *プリウスは、高速道路を多用すると燃費が落ちる。理由は70km以上の速度では、常にエンジンが掛かって滑空走行ができなくなってしまうからだ。
<6日目>2007/7/16(Mon)
この旅も後半戦に入り、札幌をハブとした滞在型から移動型に行程を転換する。この日は、夕張を経由して十勝の牧畜エリアに向かう。
7月は、夕張メロンの旬なのだろうか、夕張に入ったらやたらとメロンの直売所の看板がある。少し広めのJAが経営している直売所で、土産もの用のメロンを実家に送り、これからの夜のデザート用にメロンを3玉購入した。値段は安いやはり地元価格である、等級の見方を詳しく店員が説明してくれたが、自分で食する分はそれほど贅沢もしなくて良いので、匂いだけで選んだ。北海道在住の子は、仕事先から一日休暇を貰って帯広の同じ宿泊先に一泊する予定である。メロンを積み込み、お勧めポイントの足寄町「ラワンブキ(ふき)の林」「オンネトー」を経由し十勝川温泉エリアに戻ってくる遠征ルートとなった。宿泊先に到着するまで車内は、常にここで積み込んだメロンの匂いで充満していた。
夕張から十勝方面へ向かうには、日勝峠を越えなければならない、この日から天気は快晴、紫外線が刺すような好天になったが、この峠越えだけは事情が違った。一合目〜七合目あたり間では快調な状態だったが、峠の頂上に近づくにつれて雲の中に入っていくような天候になる。八合目から先はヘッドライトが必要になる、濃霧と小雨の中前方視界は10m程に感じる。ところが峠越えた途端にまた晴天に戻る。それだけ標高が高かったのだと思うが、山を嘗めたら怖いという事を車の中からであるが実感した。
峠越えで少し時間をロスしてしまったので、急ぎ足寄へ向かう。ここに「ラワンブキ」という人の背丈より大きく傘の様な蕗が自生しているところがある、少し天候が悪い日が続いていたので、大人用とまでは行かないが、子供用にはなる程の蕗には出会う事ができた。コロボックルがで出来そうな、自然豊かなところである。次は「オンネトー」ここはオンネトー湖の湖畔であるただの湖畔だが、美しい・・・。まるで絵画のような造形である。天気の関係もあるが、洞爺湖、支笏湖と見て来たなかでここが一番絵になると感じた。阿寒富士を背景に鏡の様な水面、それと静寂。自然と写真の枚数が増えて行くが、やはり実物の色彩は再現できない。もし足寄に行く機会のある人は是非立ち寄る価値があると思う。
時間が圧してしまっていたので、後ろ髪を引かれつつ、十勝方面に戻る。十勝には、最終目的の「十勝ワイン城」で十勝ビーフを食べるという使命が残されている。日も沈み、閉館時間ギリギリ到着し北海道に入って初めての肉料理であった。この十勝ワイン城は、ワインの製造販売が主目的らしいが、併設しているレストランの眺望と十勝牛の料理がとても良い。時間も遅かったので、客も無く十勝の街を一望できる大窓から貸し切りでのディナータイムとなった。ビーフと合わせるなら折角ならご当地十勝ワインを頂きたい、「十勝アムレンシス」というワインを頼みビーフプレートで至福の食事を終えた。
さあこれからが大変だった、十勝ワイン城から宿泊先までの間、ワインに浸った私は、運転をカミさんに委ねることになった。下り道の高々15km程であったが酔いも覚める。19時を過ぎ車も人も疎らであった事が不幸中の幸いであった。ホテルの駐車場までは何とか自分で入れたが、私が外に出て誘導する・・車庫入れができないらしい。5-6回切り返し何度か轢かれそうになった。
宿泊先は、「北海道ホテル」結構老舗ホテルのようで、サービスが行き届いていた。昼間買ったメロンを食べようと思ったが考えてみればナイフが無い。旅にはナイフは必須である、沖縄ならダイビングナイフで代用する所だが、機材はない。仕方なくフロントにナイフを借りれないか聞いてみたがまあ当然ながら駄目。事情を話すとメロンを持って来こいと言われたので切るだけ切って貰えればと手渡して部屋に戻ると、10分もしないうちにルームサービスが来た、頼んだ覚えはないがメロンを持って来たというので、お礼を言ってサービス係の方に入って貰った。ワゴンに大きな金属のドーム、豪華な装飾の皿の上に綺麗に飾り切りされ8当分されたメロンがのっている。「これホテルのルームサービスで頼んだら1万円はするよな」という立派な料理になって帰ってきた。翌日のチェックアウト時、調理料金が入っていないので、訪ねたところ「お客様へのサービスです、またのご利用をお待ちしております」との事、恐れ入りました。老舗のホテルでも活況なところはこの様な「ナイフを貸せない」で済まさない気遣いとフロント+厨房の連係プレーがあるのだと再認識させられた。
もう一つ「北海道ホテル」には、世界に2つしかない「モール温泉」という特殊な温泉がある。この温泉は、石油になる前の段階で珪藻類が堆積して圧縮された地層から出る温泉で深緑色をした独特の湯である。普通の温泉とは全く異なり非常に柔らかい、重曹泉の滑りは重曹で皮膚の表面を剥がすような仕掛けになるが、ここでは、お湯自体はさっぱりとした柔らかさがお湯から与えられるように感じる。温泉が好きな方は是非チェックしてみてはと思う。
走行距離431km 平均燃費24.2km/L
<7日目>2007/7/17(Tsu)
十勝から北上し、冬場お世話になる富良野方面へ移動する、宿泊先は写真でしかみた事のない美瑛である。
天気は快晴、十勝には、北海道土産の定番「マルセイのバターサンド」で有名な、六花亭の本店がある。朝その本店でスィーツを買い付けて一路富良野へ。十勝を出ると風景は一変する。麦、蕎麦、ジャガイモ、コーンの畑が延々と続く、道もほぼ直線。
昨日の失態から少し、練習の為、カミさんに運転してもらったが、カーブも交差点も信号も無いから何の練習にもならないが、アクセルとブレーキの踏み具合を覚えたらしい。無理な[G]を感じなくなった。
昼食に、十勝は蕎麦も特産品らしく、十割蕎麦の看板がいくつもある。北海道在住の子のお勧めの蕎麦屋で昼食をすませ、冬場よく通った記憶のある看板の道に出た。もうじき富良野である。丘陵地が続きどんどん小麦色のグラデーションの風景が広がってくる。少し町に入ったかと思うと、直に「北の峰ゴンドラのターミナル」に到着した。夏のスキー場は、なにかゴルフ場の斜度を急勾配にしたようにも見える。滑走コースは一面の芝で緑がまぶしく、木々は葉延ばし森のように見える。冬の落葉して雪を被った風景とは、全く違う。
暑い、7月なのだから当然でだが、日差しが照りつける内陸部は、乾燥した暑さがある。麦畑や牧草地がなければ、もっと厳しい暑さになる事は、駐車場に入る度に感じた。富良野でのチェックポイントは、「富良野デリス」というプリン屋になっていた、朝からスィーツ三昧である。多数決で決定済みであった。富良野デリスの駐車場から大雪山がとても良いロケーションで観れる、お菓子の買い物には同行せず、3脚を使って、写真撮影の時間に当てた。雲が流れ刻々と変わる風景を同じように取り続ける、後で観てみると動画のような大量のデータが残された。
ここからは美瑛の丘陵地を巡り、JR美瑛駅で北海道在住の子と分かれる事になっている。美瑛の丘は、波がうねる様に連なり、小麦、ジャガイモ、コーンの他ラベンダー等の花の帯が幾重にも重なりあいおとぎ話の中に出てきそうなくらい、彩り鮮やかである。脇見運転はできないので、散在する展望公園に立寄り、デジカメにおさめた。しかし実物の切れ端でしかない、360度錦の波の中に居る感覚は関東では決して体験できない広大な大地と人の手による開拓の賜物である。
無事、友人が帰るのを見届け、この日の宿泊地は、美瑛のペンションである。
走行距離239km 平均燃費28.0km/L
<8日日>2007/7/18(Wed)
埼玉を出て一週間が経過した、北海道の中央部に居る。この日の行程は、「富田ファーム」というラベンダー製品で有名な農園散策し、次の宿泊地、当麻までの行程である。
ペンションの人によると、7月は調度ラベンダーが満開の時期で、昼間に行くと平日でも人だらけで風景を楽しむには向かない、出来るだけ早朝に行って農園の売店などが開店する前の方が良いとの情報を前日の夕食時に得ていた。朝6時に起床し朝食前に一走りして農園に入ってみた何時に開園なのかは分からないが、開門されて入園料もなく散策範囲は自由に行動する事ができる。この時初めて前日のアドバイスの意味がわかった、まだ7時前だというのに、もう写真のフレームに人が映らないことが無い、多分相手側も同じ事を考えているのだと思うが誰も花の迷路だけをフレームに納めたいという気持ちなのだろう、ウロウロしながら花畑を移動する。朝霧が少し掛かったのかもしれないが、その日は湿度が高くラベンダーオイルをたらした時の様に虫も落ちそうな芳香に包まれている。生のアロマセラピーである。ラベンダーも複数の種類があり、微妙に香りが違う。また、花の色や咲き方も様々で、各ラベンダーの種類が交雑しない様にする為か、他の花々の列がラベンダーの列を隔てるように植えられている。ここも丘陵地なので、うねる様な花の波間にいる感覚である。ラベンダーの花以外はまだ五分咲きという感じであったのが残念ではあったが、早朝のアロマセラピーはとても贅沢なひと時である。
富良野-美瑛一帯は、ランドスケープの宝庫だ、当麻までの距離は30kmにも満たないが、北の大地:北海道を象徴する景勝地の銀座である。遊覧ヘリが舞い、遠くには熱気球らしきものも見える。多分上空から「鳥の目」で見れば連なる丘陵にパッチワークを施したように見えるのだろう。こちらは「蟻の目」で散在するポイントを点々と歩き回った。この日の走行距離は、もしかすると車より徒歩の方が多かったかもしれない。
走行距離49km 平均燃費29.5km/L 100km以下の走行距離は、この旅最短であった。

2010/06/05

2007年-北国初夏の旅(追想:前編)

Twitterで問い合わせがあったので、記憶してる範囲ですが、3年前の北国の初夏旅行記を書いてみます。
もし、今夏、北海道へ行かれる方参考になれば幸いです。

『もう3年も前の話になるが、初めて車を買ったので、少し遠出してみたい衝動が起った。2007年7月慣し運転も兼ねて自宅埼玉から北海道までのマイカー旅行を計画した。
何故に「北海道」となったのかというと理由は3つ、一つ目は「一度、車でフェリーに乗ってみたかった」二つ目は、「函館のスルメイカ旬で是非活け造りを食べたかった」三つ目は「カミさんの友達が北海道に住んでいて、その友達と一緒にNACSの追いかけをやっている子が、調度、北海道で行われる公演に合わせて札幌に行く予定。カミさんとその二人は親しいがあまり3人一緒になれる機会がない。ならタイミングを合わせて車で移動すれば、私が運転手にされる」という事にあった。
北海道には、90年代から毎年スキーに行く事はあっても、夏場に行った事がない。富良野のラベンダー畑の美しい景観は、スナップ写真でホテルに飾られている範囲でしか見た事が無かった。本来の目的がスキーなので、空港ーバスーホテルのルートのみで北海道の魅力を満喫しているかと言われれば、答えはNOである。スキー場の雪質やホテルから歩いてゲレンデに出られる便利さは、主目的として必要十分なので常に満足はしていたが、ホテルの食事では3日もすれば飽きも来る。しかし、冬の北海道のあの雪道を無難に運転できる自信は無い。
行程大枠については、私が走行時間と休憩宿泊ポイントを計算し訴状を作製した、しかし後の宿泊先や食事、周遊ポイントの詳細決定権は、私にはない。今回移動手段として「フェリー」を使うのでその予約以外は全てカミさんの計画表に従って行動する事になった。
<出発>2007/7/11(Wed)
自宅から東北自動車久喜ICまで20分程度。一日目の目標は、東北道を北上し宮城県松島を目指す。関西出身の私としては、日本三景の一つ「松島」は最後に残された景勝地の一つ。子供の頃の記憶で推察すると大抵言われるほど感動するものではないと思っていたが、予想通り芭蕉が感嘆した程の絶景ではなかった(残念)。曇りであった天気の為かもしれないが、大小いくつもの小さな島々と奇岩の織り成す風景は、日本の庭園に水を張ったような光景である。海岸から見た風景だけでは全容はみれないので周遊船に乗り、一回りしてみる事にした。
周遊船に乗ると当然ながら海側から見みる事ができる。リアス式の海岸の中を縫う様にして船が移動し、海に浮かぶ盆栽のような島々を巡る。・・・ウミネコと共に。このウミネコが後々悲劇をもたらすのであるが、ものすごい数、観光船から乗客が「カッパえびせん」のような菓子をまくので完全に餌付けされている。一つ掴み投げ上げると、海面に一片の残りもなくその大群の中で吸い込まれてします。鳥の動体視力と俊敏性は本当の凄い。そんな事に気を取られていると周遊船は同じ港に戻ってきてしまう。石巻の対岸の風景は、やはり芭蕉の時代とは違ってコンビナートが立ち並び、風流とは言えるものでは無かったが、いくつあるかも解らない小さな海の上の盆栽は自然の造形として景勝地と言うに値するものだろうと感じた。盆栽好きの方には、お勧めであると思う。
そして下船するときに悲劇が起っていた。カミさんのお気に入りの帽子に、ウミネコの落とし物が・・・・。多分彼女の思い出には、この後始末が強く刷り込まれてしまったのは間違いない。
1日目の行程は無理せず、松島から気仙沼の漁港でフカヒレラーメンの昼食をとり、仙台で一泊する事になっている。仙台は、やはり東北一の都会。自分の自宅近辺より遥かに近代的で整備されている。
20歳代の頃、出張で仙台には一度来た事がある。その時一番印象にあったのは、黒塗りのクラシカル大きめのワーゲンのような丸みを帯びたボディのタクシーが沢山あった事であった。車種などは覚えていないが、電球色の街灯にその黒いタクシーの姿が何とも言えずお洒落な感じで止まっていた。しかし、今回はまあその時代から20年以上経過しているから再会する事はできなかった。 仙台名物タン塩定食を夕飯にそんな事を思い出して、初日は終了。
走行距離368km 平均燃費異26.3km/L 燃費まで正確に出るのは、私がプリウス20型ユーザーであり、納車からの走行距離と平均燃費、目的地それと合わせて全ての給油量とガソリン価格を記録しているからである。
<2日目>2007/7/12(Thu)
仙台から再び、東北自動車道に乗り真直ぐ青森の最終地点へ。終点の青森からフェリー乗り場までは、非常に行きやすい。
乗船するフェリーは、「東日本フェリー:ばにあ号」かなり古い船のようであった。以外に感じたのは、フェリー乗り場が新築になっている事であった。これは、次期高速フェリー「なっちゃんレナ」の為に、空港の様なブローディングポートを持った最新の設備に改築途上にである為であった。もしこの旅は数ヶ月後であれば最新型の高速艇に乗れた筈だったがそれは永遠に叶わぬ夢になってしまった。
「なっちゃんレナ」は旧来のフェリーで3〜4時間掛かった、青森〜函館間を約半分に短縮し、ファーストクラスを備えた「双胴船」。しかし、運行開始し直ぐに原油高騰の波を受け運行停止となり、幻の高速船になってしまった。このおかげなのかどうか解らないが、チケット発行は、インターネットで予約してバーコード印刷したものをスキャンするチェックイン機が3台あり、まるで空港のようである。
出航までの待ち時間、乗り場の売店で総菜の昼食をとった。これが非常に旨い。飲食店も幾つかあったのだが、手作りっぽい総菜が色々と保冷棚に並んでおり、各300〜350円である。大きなカレイの煮付けご飯をつけて500円也。
 さて、実際に乗ってみた車両フェリーはというと、「動く立体駐車場」という表現が一番ぴったり来ると思う。フェリー後部の車両入り口のゲートから車で乗船し、多分予約時に、車種の仕様を細かく指定するので、配置のバランスを計算して事前にナンバープレートで確認しているのであろう誘導員に指示されるまま2階の駐車スペースまで通される。駐車が完了すると、車止めだけでその他固定設備らしきワイヤーなどは特に行われず、必要な物は全て客室に持っていく様に指示された。出航すると駐車区画には立ち入れない規則である。
ここから約4時間、最初の30分程は、船内を見学してまわったり、廻りの風景を写真におさめたりと動き回っていたが、下北半島を右にみて延々風景は変わらず二等船室でごろ寝することにした。波は穏やかで揺れもなく電車や飛行機に比べ寝転んでいられる分、非常に楽で休憩には持ってこいの時間である。不眠症だがいつの間にか眠りに落ちてしましった。
到着の放送がながれた。窓からは、函館の港が見える、十分に休憩したが今日の運転はもう函館市内の宿泊先までのわずかな距離である。駐車区画に戻り、動く立体駐車場から走り出すと北海道の地、心無しか少し涼しく感じた。
これは今日時点(2010/6/5)の情報であるが、私の乗った東日本フェリーは運行を取りやめ、津軽海峡フェリーとなっているらしい。また、幻となった「なっちゃんレナ」は、期間限定で「ナッチャンWorld」として2010/7/17-10/31復活するらしい。私の乗った「ばにあ号」はインドネシアに売却されて今はもうない、しかし、なっちゃんは売却されてなかったらしい。
因みになっちゃん号型の双胴船は、沖縄那覇軍港にいつも停泊している、米国艦船と同じボディ構造、船マニアなら是非乗ってみる価値はあると思う。
宿泊先に到着して少し荷物の整理をしてから。函館の目的「活イカ」を求め、日が落ち始める頃、路面電車に揺られてえ函館市内へ移動。カミさん指定の居酒屋で待望の「活イカ」の刺身にありついた。手早い調理で水槽からものの1分も掛からず盛りつけられる。胴は透明なままの刺身に、頭はゲソ一緒に出される。肝も刺身となり、付け醤油に解いてもよし、そのまま刺身として食してもよい。絶品である。イカがこれほど旨いと思った事が無かった。
しばらく食事をしていてふとイカに目をやると頭の部分から、緑色の液体がしみ出している。新鮮なものはこうなのかなぁと思いゲソを食しに掛かってからこの緑が何名なのか解った。ゲソの下に置かれたパセリを調理されたゲソがかじっていたのである。それほど元気な刺身、有り難く最後まで頂戴した。
走行距離398km 平均燃費24.0km/L
<3日目>2007/7/13(Fri)
函館から札幌をめざして移動開始。
その前に、折角なので函館の朝市で朝食をとる事にした。平日の朝なのに、観光客も多い。朝から海鮮丼とは贅沢な話しであるが、主食より鮮魚店の「活ウニ」のほうが旨かった。大降りのムラサキウニを生きたまま置いている、これを1個350円で買いその場で店主にハサミを入れて開けてもらう、何の味付けもなしに食べるだけ、塩味は元々の海水のみ、あまく全く磯臭くない最高である。
函館と言えば五稜郭。展望台に上って土方歳三の銅像やら五稜郭の全景なをを眺め、昼食用に函館名物のハッピーピエロのハンバーガーをテイクアウトする。先ずは、大沼国立公園を目指す、新日本三景とあるが、この手の何とか三景は日本に一体いくつくらいのものがあるのか、名乗るだけなら自由だと思うが少し多すぎるように思う。到着すると修学旅行の団体に巻き込まれてしまった。
ここも曇りで、本当なら駒ヶ岳が見える湖畔を期待したが見えず、総じてこの旅、前半戦は天気に恵まれなかった。北海道にも梅雨が起るようなったのかもしれないと感じながら、散策してみた。大沼公園は広く、とても静かなところである。曇ってはいるが空気もよく一日中ボーッとしていたいような穏やかさを感じる。
今日中には、札幌に到着しなければならないので、大沼公園から次は洞爺湖へ。サミットの行われたところである。ここも絶景の筈なのだが、小雨が降るなかサホロ展望台からから洞爺湖を望む。全景は見れないが、確かにカルデラ湖である事が解る。ここでは、中国からの観光客と遭遇、一眼レフのカメラを持っていたせいか、何組もの人にカメラマンを頼まれた言葉は通じないがジェスチャーだけで要望は解るものなんだと実感した。
遊覧ヘリがある様子だが、この日は動いていなかった。まあこの雨雲の中では何も見えないし危険だから当然か・・・。
札幌までは快適なドライブである。しかし、札幌市内に入った途端帰宅ラッシュの渋滞に巻き込まれながら札幌の宿泊先へ到着。カミさんが明日合流する友人達と連絡を取っている。少し渋滞疲れもあったので、ホテルで軽く夕食をすませ就寝。
走行距離275km 平均燃費28.3Km/L
<4日目>2007/7/14(Sat)
宿泊先のホテルのロビーで、2名の到着を待ち、4名で余市のウィスキー工場の見学→さくらんぼ狩り→神威崎→札幌の予定である。
札幌市街を後にして北上、余市のニッカウィスキーの工場に到着。ここは来た価値が十分にあった、自分が酒飲みだったからかもしれないが、発酵から熟成まですべての行程が見れる。また工場自体見学ルートはあるが、出入り自由である。生産ラインに直移関わる場所へは流石には立ち入れないようになっているが基本的に自由行動で制限がない。展示も工夫されていて、実際に作業している人と会話する事も可能、工場内も非常に整備されており一つのテーマパークの様である。しかも入場料はかからない。
願わくば試飲コーナーでのみ比べなどやりたかったー!これだけは悔いが残る。今度は絶対バスで来よう、絶対。この余韻が溜まらず、札幌に戻ってからウィスキーを買いにいってしまった事は当然の結果である。
余市近辺はこの時期さくらんぼが旬のようで、そこここに、さくらんぼ狩りの看板がある、北海道在住の子のお勧めで「さくらんぼ山」という農園でさくらんぼを食べまくる事にした。入園と同時にバケツを手渡されたので、「あー種入れね」と思い込んだがちょっとそれにしては大きい。3Lは入る大きさである、「なんぼ何でもそんなに食えないわな」とひたすら坂道をのぼりおりしながら数種類の木を物色しつつ食べまくる。人生でさくらんぼで満腹になるのはこれが最初で多分最後かもしれないが・・・。
小さな山の斜面に植樹されている為、結構な運動と共に摘果する。なので、自分の想像よりも食べられる。バケツの底に、2センチ程に種が溜まる頃、満腹になった。皆同じ様子なので、下山しバケツを返却。すると「あれサクランボ取らなかったの?種は、その辺に捨てていいのよ」と聞かされ自体がようやく把握できた。先に渡されたバケツは、サクランボ自体を持ち帰る為に渡されたれた計量バケツだったのだ、持ち帰る許容量がバケツの量でその場で食べるのは食べれるだけどうぞというシステムらしい。確かに帰りに入り口の説明書きには、鞄など持ち込み禁止とあり小さい案内パンフレットの様な紙にルールが書かれていた。
食欲に負けて、ちゃんとシステムを理解していなかった失策である。 親切に出口の係員さんが、「よかったらこのビニールに入ってる分持って帰りなさい」と50個程入った袋をくれた。これが、札幌滞在中の夜のデザートになる。
サクランボで満腹になっても、ほぼ水分。神威崎に到着する頃には、平常になっていた。神威崎は、積丹半島の先端部分にある断崖の岬である。駐車上から2-3km徒歩で半島の尾根を上り下りしながら「カムイ岩」の見える先端まで、左右にシャコタンブルーと言われる北の国特有の真っ青な海を下界に見ながら進む。夕日が沈む光景は、とても綺麗らしいが日没まで居ては札幌まで帰れないので、夕日は諦めた。南国の海はエメラルドブルー、少し緑が入った翡翠のようで「碧」という文字がぴったりと合うが、北国の自然の海がこれほど綺麗な「青」「群青」であるいう事は初めて認識した。写真では表現できない深い青である。
ダイバー魂をそそられるが、今回の旅にはライセンスカードも機材も持って来なかったので、その海中の様子を伺い知ることはできない。できるなら海側からも楽しみたいと思わせるに十分な魅力があった。
走行距離235km 平均燃費26.7km/L』

2010/06/03

iPad考:(2)ノートPCは終焉の評価が多いが・・・

iPadが発売されて、そろそろ2週間になる。IT関連の情報サイトで「もうノートPCを使う必要はない」「ノートPCを売却してiPadに乗り換えよう」というマニアな意見を散見する。
確かに、ノートPCより優位性のある部位分が多い事は事実である。使ってみた自分の雑記録として一覧にしてみた。
「iPadの優位性」
1.バッテリーが半端なく長時間使用に耐える。
2.インターフェースタッチ式である為、直感的に使いやすい。
3.デザイン性が高く、表示機能も美しい。
4.64GBもの容量があれば、大抵の情報は持ち歩ける。
5.アプリで機能を拡張して可能性が未知数なまでに広がる。
しかし、多分、私はノートPCを使う必然性が必ず残ると思う派である。最も大きな理由は、Appleの閉鎖性にある。ノートPCの方が優位だと感じる点も上げてみたい。
「ノートPCの優位性」
1.キーボード一体型である方が、結局コンパクトになる。 vs iPad至宝者はBlueToothキーボードを別持ちするらしい。
2.プログラミング環境や製造ツールを持ってあるけない。 vs そもそも必要ないと言われるかもしれないが・・
3.外部インターフェースが接続できない。SDカードUSBコネクターが無いと旅行先で写真も保存しておけない。
4.HDDではあるが、容量の桁が違う。
5.いざとなれば、大抵プログラム作製で解決できる。またフリーソフトが充実している。
6.Flashが使えないとそもそも見れない作りのサイトが多い vs HTML5で解決すると言われている
実際、今年の夏、海に旅行に行くとした場合、上記の優位点をてんびんに掛けてどちらかを持って行く必要に迫られたとする。実際2台もって行く程、荷物に余裕はない、デジカメやダイビング機材など20Kgは軽く超える。700gは誤差程度だが、手荷物になるとやはり重く感じるだろう。その時、さてどちらを持つかと言われれば、有無を言わず。私の答えはノートPCである。
旅行の最中にビジネスツールが必要なのかという疑問を持つ人もいるかもしれないが、個人でソフトウェアの仕事をしている以上、顧客からの問い合わせには、速やかに適切なアドバイスを送る必要がある。プログラム環境しかり、Webコンテンツしかり。イメージデータの処理においても旅先で撮った写真は必ずバックアップをする、PCのHDD内、USBメモリ2つに。ここは近々にiPad用のSD/USBアダプターがでるらしいので、解消出来る分野になるかもしれないが、フルサイズRAW画像で一気に10GB程度撮影して、取捨選択を行うとなるとノートPCの方が断然優位になる訳だ。しかもPhotoShopで補正したり加工したりするとなると、現時点でiPadでは厳しい。OnLineストレージっていう方法もあるのかもしれないが、そもそもネットの繋がらない地域へ行く事も多々ある。
大抵のノートPC終焉論者は、ライター系のお仕事かつシティ派の様子。そもそもモバイル環境に対する期待度に温度差がある。システム開発ガテン系の仕事かつ田舎派の私には、インターネットから切り離された状況で仕事場に近い環境を身に纏って於かなければならない使命を背をってしまっている。だから、ノートPCは手放せない。今後進化して、Panasonic-C1のような物になり、MacBookProとiPadが融合したような夢の機器がでれば、その時は是非使ってみたいと思う。

そしてもう一つ最初に上げた「Appleによる閉鎖性」これは、Appleにとって諸刃の剣だと確信している。AppStoreには全て検閲(審査)があり、Appleの意向に反した機能は黙殺される。現に今一番の弊害は、嫌がらせの様にFlashに対応していない。Open化に向かう市場ニーズに真っ向逆流を跳ね返し、続伸するAppleには勇姿すら感じるが、独善的である事は否めない。Flashを認めると、Appleが完全支配するコンテンツ流通の背骨がくだける事になるからだという事は、システム開発業界では周知の事実で、以前ジョブス氏が幾つか理由を上げていたが結局は言い訳にしか聞こえない。だが、Open界の旗手Google、Androidに乗り換えるかと言われれば、答えはNoである。理由は簡単、あまりにiPadのトータルなバランス、使いやすさが、乗り換える勇気を萎えさせる魅力がある。

今はこのがっぷり四つの状態でロックされているような閉塞感がある。株式時価総額でMSを超えたApple社、強者は常に寛大であればこそ尊敬される。王者となったからには、今までの挑戦者としての姿勢だけでは、残念な結果になってしまうと心配になる。Macが好きだからこそ声を大にして言いたい。Windowsの二の舞にならないで欲しい。